工業図面で使われているメッキのJIS記号。
「ELp-Fe/Ni(90)-P5」などと書かれた表記では、メッキする素材やメッキの膜厚などを示し、メッキ業者とクライアントとの意思疎通として使われています。記号をひと目見れば、図面上ですぐにわかりますよね。
実は、この記号が、誤った使われ方をしていることも少なくないようです。
「あまり気にしなくてもメッキ業者と意思疎通できているから、問題ない」と思ってしまっているあなた。もしかしたら、記号の誤認が起きているために、最終的なユーザーであるものづくりの現場で困ったことが起きているかもしれません。
「いつもより錆びやすいかも?」
「膜厚が要望通りになっていない?」
その原因、JIS表記の誤認からきている可能性はないでしょうか?
ご要望(図面指示)通りの表面処理を施してもらえていますか?
本来は、メーカーとクライアントの意思疎通を促すための記号表記。残念なことにならないよう、無電解ニッケルメッキのJIS表記をもとに、正しい記号表記や記号の意味について解説していきます。
■INDEX■
・JIS表記誤認の現状
・錆びやすい?膜厚が違う?
・困ったことがないように
①メッキを表す記号
②素地の種類を表す記号
③メッキの種類を表す記号
④メッキの厚さを表す記号
⑤メッキのタイプを表す記号
⑥後処理を表す記号
⑦使用環境を表す記号
・JIS表記誤認の問題
・JIS表記の意味
・表記誤認を起こさないために
1. JIS表記とは?
JISとは日本の工業製品について定められた国家規格です。工業技術の一つであるメッキもJISによって規格化されており、その種類や方法は記号によって識別することができます。これがJIS表記です。
JIS表記誤認の現状
このJIS表記に今、メッキ業者とクライアントとの間で誤認してしまうという現状が起きているようです。
例えば、鉄素材上の無電解ニッケルメッキ(5μm以上)をJISで図面上に記載する場合。表記は「ELp-Fe/Ni(90)-P5」となりますが、5μm狙いだと勘違いしているメッキ処理メーカーもあるようです。
この記号、本来であれば、5μm以上なので、膜厚は8μm程度でメッキし、どんなに薄くなっても6μmのメッキを施します。
しかし、5μm狙いだとメーカーが勘違いしてしまい、5μm±2の値でメッキしてしまうことがあるようです。
そうすると、本来は5μm以上のメッキが、3μmでメッキされてしまうという問題が起きてしまいます。
実は、JIS表記の誤認、専業メーカーに聞いても起きていることがあるようです。むしろ間違ったものが標準化されているという現状もみえてきます。
2. JIS表記誤認によっておこる問題
メッキの膜厚がJIS表記誤認により、本来必要な数値になっていないという現状。実際、弊社がクライアント先で検査を行うために膜厚の測定を行ったところ、指定の膜厚を満たしていないなどの問題がありました。そのメッキは、弊社とは別のメッキ業者が手掛けたものです。
膜厚が本来の数値になっていないと、例えば「いつもより錆びやすい」といった問題がものづくりの現場で発生してしまいます。ものづくりの現場で使われる製造機器などが、正しくメッキされておらず、本来のパフォーマンスを発揮できないことは大変残念なことです。
「ただのJIS記号1つ」が、現場で複数の問題に直面してしまうかもしれません。だからこそ、ものづくりの基本である設定値をしっかりと認識し、数値通りに正確にメッキすることが大事です。
設定値を正しく認識し、求められている品質を業者がクリアできるかどうかしっかり把握しましょう。
JIS表記誤認で困ったことがないように
なぜJIS表記を誤認してしまうのでしょうか?それは、JISの規定や表記について誤認してしまっても、実際大きな問題がなかったというのが原因です。正しく認識していなかったとしても、あいまいでも発注できてしまうのが現状で、発注者の意図と実際のメッキの仕上がりにずれが出てしまうことがあるのです。
ここまで膜厚での問題例をご紹介しましたが、記号の誤認によるトラブルは他にも有り得てしまいます。メッキ記号には膜厚の指定以外にもさまざまな意味が含まれているからです。
小さな認識のずれが大きな問題とならないよう、本記事でも記号の意味を詳しく解説してゆきます。
3. JISの表記の意味
メッキのJIS記号にはいくつか区切る箇所があり、複数の構成要素から成り立っています。例えば「ELp-Fe/Ni(90)-P5」の場合は以下の4つ構成要素に分けられます。
「ELp-」_「Fe/」_「Ni(90)-P」_「5」
この4つのそれぞれの意味が以下の通りです。
「ELp-」:メッキを表す記号→無電解メッキ
「Fe/」:素地の種類を表す記号→鉄素材
「Ni(90)-P」:メッキの種類を表す記号→ニッケル(90%)-りんメッキ
「5」:メッキの厚さを表す記号→メッキ厚(膜厚)5μm以上。
つまりこのメッキ記号は4つの特徴をまとめて表記しているのです。また、この例には記載されていない構成要素は他にもあるため、4つ以上になる場合もあります。
JIS記号の構成要素となる項目について、さらに詳しく解説します。
①メッキを表す記号
最初の記号は「メッキを表す記号」で、次のうちのどちらかです。
・Ep:電気メッキ
・Elp:無電解メッキ
このどちらかが記載されていれば製品がメッキ品であることを示しますが、手段によって2つに大別されています。簡単にこの2つについても説明します。
電気メッキ
電気メッキはメッキ浴槽に電極があり、電気を流すことで金属の皮膜を製品に付着させる方法です。
無電解メッキ
無電解メッキはメッキ浴槽に電極がありません。いわば製品自体の表面とメッキ液が直接化学反応を起こして皮膜層を生成する方法です。
なお、電気メッキと無電解メッキの両方を行う製品の場合は、ここには最終メッキ(つまり表面)を記載することになっています。
②素地の種類を表す記号
次の表記は「素地の種類」です。つまり、メッキの下の製品本体はどんな材質でできているか?ということになります。工業製品はありとあらゆる材質のものがありますから、種類としては多数ありますが、金属の場合はその物質の元素記号が入ります。
例えば鋼という金属は、多くの工業製品に使用される材質ですが、鉄と炭素の化合物です。こういった場合もあくまで基本の元素は鉄として、Feが入ります。金属物質の場合、実際にはこのように合金が使用されるパターンが多いですが、あくまで主成分表記ということになります。
ただし、この元素記号表記には一部例外があります。素地が金属でない場合です。例えばプラスチックの場合はPL、セラミックスの場合はCEという記号が元素記号の代わりに入ります。
③メッキの種類を表す記号
その次の表記は「メッキの種類」です。「メッキの種類」とは、素地の上に付着する皮膜が何の金属でできているか?ということです。例えば、亜鉛を付着させるときは亜鉛メッキ、ニッケルならニッケルメッキというように、この物質の種類がメッキの呼称となることも多いです。
ここの表記も素地と同様、元素記号です。亜鉛めっきはZn、ニッケルメッキはNiが入ります。
合金メッキの場合
メッキにも実は合金があります。例えば、ニッケルにりんを加えたニッケル-りんメッキは、単純なニッケルメッキより耐食性に優れていて、よく活用されます。そのような場合、ニッケルもりんも記載しなえればいけませんので、Ni-Pと記載します。
また、ニッケルの組成割合を( )内に指定して、Ni(90)-Pというように記載されることもあります。(90)ならば90%という意味です。
多層メッキの場合
複数の金属を用いる方法としては合金めっきの他に多層メッキというのもあります。メッキの上にメッキをして層を作る方法です。
この方法は合金を1回でメッキする方法とは明らかに違いますから、表記も変わります。例えば、素地の上にニッケル→クロムという順に多層メッキする場合は、Ni,Crというようにカンマで区切って表記します。
工業用と装飾用
工業用と装飾用のメッキの区別をつける場合もあります。これはJISによっていくつか表記法が決まっていて、工業用クロムメッキはICr、工業用金メッキはE-Au、装飾用金メッキはD-Auというように記載されます。
④メッキの厚さを表す記号
メッキには厚さがあります。例えば、メッキの厚さがどのぐらいあるかによって耐食性も変わりますので、その製品の耐久性にも大きく影響します。ですから、メッキを図面などで指定する場合も、厚さの表記は重要となります。
厚さは数字で表す
厚さの表記は数字で表し、その単位は[μm]です。メッキ自体は非常に薄い皮膜なので、1mmの1/1000に当たるこのぐらいのオーダーの話になるのです。
ただし、ここに入る数字の意味は、「〇〇μm以上」です。「ピンポイントにその厚さでしなければならない」とか「±交差の基準値」というような意味に捉えられることがあるので、十分な注意が必要となります。
JISによってメッキの等級が規定されているものもあり、この等級はメッキの最小厚さを指定しています。ですから、数字で厚さを指定せずにこの等級を記載する場合もあります。
例えば、無電解ニッケル-りんメッキの「3級」という等級は最小厚さ10μmで、主に防食・耐摩耗性用途に用いられます。この場合、Ni-P[3]というように[ ]で等級を記載します。
例で示している記号ならここまでで終了ですが、もう少し構成要素が入る場合もあります。
⑤メッキのタイプを表す記号
メッキの種類にもよりますが、「メッキのタイプ」を記載する場合もあります。装飾品なので見た目に光沢を付けたい場合や、逆に光を反射させないように黒色で仕上げる場合などです。各項目に応じて下表のような記号を使います。
表 1 めっきのタイプ及びその記号
めっきのタイプ 記号
光沢めっき b
半光沢めっき s
ビロード状めっき v
非平滑めっき n
無光沢めっき m
複合めっき cp
黒色めっき bk
二層めっき d
三層めっき t
普通めっき r
マイクロポーラスめっき mp
マイクロクラックめっき mc
クラックフリーめっき cf
⑥後処理を表す記号
(ユニクロメッキネジの画像)
メッキには後処理が必要な場合もあります。一例ご紹介すると、ネジなどで用いるユニクロメッキというのがありますが、これは電気亜鉛メッキ後の光沢クロメート処理のことです。この場合は「/CM1」という文字を一連の記号列に加えることになります。
表 2 後処理を表す記号(記号の前に / を記す)
後処理 記号
水素除去のベーキング HB
拡散熱処理 DH
光沢クロメート処理 CM1
有色クロメート処理 CM2
塗装 PA
着色 CL
変色防止処理 AT
⑦使用環境を表す記号
メッキというのは装飾か防食の用途で行われることが多いです。そこで、製品の使用環境を記載することもあります。JISでも使用環境をA~Dの4つの記号に分けて分類しています。
(海岸の画像)
表3 使用環境の記号(記号の前に : を記す)
A 腐食性の強い屋外 海浜、工業地帯など
B 通常の屋外 田園、住宅地域など
C 湿気の高い屋内 浴室、厨房など
D 通常の屋内 住宅、事務所など
4. JIS表記を正しく認識するには?
このようにJIS表記は一連の記号に多くの意味を持ちます。一つずつの意味をまずは正確に理解し、解釈のあいまいさを取り除くことが重要です。JISの記述に立ち返ることが必要な場合もあります。
また、製品の設計者が耐久性などを考慮し、「どのメッキをどのぐらいの量必要か」を把握しておく必要もあります。図面にはそれに適合したJIS記号を構成要素ごとに一つずつ組み立てて記述しましょう。
5. メーカーとのやり取りでお互いの誤認を生まないために
確認を徹底させる意味ではメッキ業者と解釈の確認を事前に取っておくことも有効です。コミュニケーションを取って、誤認がない状態でメッキ工程に入ることをお勧めします。メッキ業者の認識が間違っていると思う場合は、それをしっかり指摘する意味でもJIS表記の意味の正確な理解は重要です。
メッキから戻ってきた製品の膜厚などを検査し、管理しておくことも重要です。要望したメッキになっていない場合は、それをメッキ業者に指摘しましょう。
6. まとめ
本記事ではメッキのJIS記号についてトラブルの事例も交えてご紹介しました。
JIS表記誤認の問題
メッキにはJISによる規格化された表記があり、図面などにそれが記載されていることがあります。ところが、JIS表記をメッキ業者とクライアントとの間で誤認してしまう問題が時折起きてしまっています。
JIS表記の意味
本記事では表記誤認の問題ができるだけ少なくなるよう、表記の構成要素とそれぞれの意味を詳しく説明しました。
表記誤認を起こさないために
製品の品質を保つためにも、クライアント側でもJIS表記を正確に理解し、メッキ業者とのコミュニケーションによって誤認のない状態でメッキ工程に入ることをお勧めします。
お急ぎの方はこちら 直通電話 090−6819−5609
【著者のプロフィール】
1996年、福井工業大学附属福井高等学校を卒業後、地元のメッキ専門業者に入社、 製造部門を4年経験後に技術部門へ異動になり、携帯電話の部品へのメッキ処理の試作から量産立ち上げに携わる。
30歳を目前に転職し別のメッキ専門業者に首席研究員して入社。 メッキ処理の新規開発や量産化、生産ラインの管理、ISO9001管理責任者などを担当。
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